第19号計画

ロシアはドイツまたはオーストリアもしくはその両方と戦争になった場合に備え19号計画をもっていた。この計画の特色はフランスに慫慂されたもので、その点で異色だった。1892年から既にフランスはロシアに対しできる限り速やかなドイツに対する攻勢を要求し、それにより西部戦線の負担軽減を狙っていた。

当時の動員方法では鉄道が鍵を握っているから、フランスはロシア宛多額の鉄道借款も行っている。金利が高いとロシア側は不満だった様だが。

連隊の編成の中心はペテルブルグ、モスクワ、キエフの3都市だったから、そこからの放射線に伸びる鉄道の整備に伴って年々、量、スピードとも改善され開戦時では動員開始日より15日で東プロイセンに殺到する事になっていた。動員計画全般の実質的策定者は陸相スコムリノフで、ニコライ二世の信頼はあったが、貴族的な将校団とは対立していた。

スコムリノフ

スコムリノフが動員スピード確保を前進配置で解決しようとしたことは評価できる。前進配置とは危険区域の師団を常時充足させ、いわば戦時編成にし、予備旅団をペテログラード他交通要地に配置し、すぐ前線の損失に充てられるようにする方法で、先進的といえばいえた。実際はとにかく交通要地に来た兵を訓練度等一切構わず前線に送りだすだけだったが。

ロシアにとり問題は独墺だけでなく、スェーデンとトルコにたいしても備えなければならず、完全に西部だけに集中できないことがあった。またドイツにたいし攻勢に出るとして、東プロイセンから行くか、ワルシャワから西進しシュレジエンを直撃、最短距離でベルリンをつくかという選択肢があった。

フランスは両方を要求したようだが、スコムリノフは漏洩されたシュリーフェン計画を分析し南西部重点を変えず、オーストリアをまず主敵として兵力を配分する計画をたてた。

更にケースに応じて集中A計画(オーストリアにより多量の軍を配置)と集中G計画(ドイツにより多量の軍を配置)の二案をもった。集中A計画は総動員の対象となる全軍114個師団のうちドイツに30個師団、オーストリアに48個師団で当たるという壮大なものだった。

ロシア軍の当初配置

実際にはスパイをドイツ国内のシュテツィン・ポーゼン・ブレスラウの3個所に配置した。この3ヶ所とも軍団の編成地だった。

ドイツは他国と異なり郷土連隊主義で一つの連隊は全て同一地域の出身でかためられた。補充兵も同様に募集された。日本もこれを採用したが動員制度を必要としなかったため、また内線が鉄道で確保されていない、すなわち前線まで自国の鉄道で全部行けないため戦時ではドイツほど徹底していない。

しかしこのために固定した編成地で列車の目的地を調べれば、また調べなくとも方向を見れば、軍団のむかう方向がわかるのであった。3ヶ所とも列車は西へ向かい、ロシアは直ちに集中A計画を実施にうつした。

集中A計画に従えば、4個軍をオーストリア領内ガリシアに向かいオーストリア陸軍の骨格をたたく。また2個軍は東プロイセンに向け急速に前進展開する。更にワルシャワで別に1個軍を新編成する予定で、東プロイセンでの作戦が成功すれば、その軍はワルシャワから最短距離をとりベルリンを直撃する予定にあった。

実際は途中で集中A計画を多少ドイツにシフトし対ドイツ34個師団対オーストリア46個師団半が攻勢に加わった。ロシアにしてこの意外な柔軟性(開戦時責任者は参謀本部動員課長ドブロロルスキー)は緒戦ガリシアでの勝利をもたらす。またワルシャワ編成軍(第9軍)は第2軍(サムソノフ)に予想外の負担を与え、タンネンベルグ敗戦の一因をなした。

このロシアの計画は作戦重点の設定、兵站の確保の点で見劣りしているが、スピードではシュリーフェンプランの基礎となるロシアの動員速度の遅さを覆している。実際にも東プロイセンで最も早く大会戦がおこなわれた。また東プロイセンに2個軍、ガリシアに4個軍というのは一番合理的な配置ではなかったか。結果だけとるとロシアが動員とその配置では独仏墺に優っていた。ガリシアの配置はアレクセイエフの処置ではあるが。

ロシア軍の動員:サンクトペテルブルグ



Dobrorolsky, Gen. S., La Mobilisation de l'armee russe en 1914; Revue d'Histoire de la Guerre, Paris, 1923
(Russian Official Documents disclosed in 1917) Materrialy po istorii franko-russkikh otnosheniy, Moscow, 1922

シュリーフェンプラン(独)
プラン17(仏)
タンネンベルグ包囲殲滅戦(前編)
ガリシアの戦い
ガリシア緒戦
ロシア軍の当初配置
ロシア動員についての日本での報道(1914年8月31日付け東京日日新聞)