トロツキー、レオン

Trotsky, Leon
(1879−1940)

ロシアの革命家;レーニンに次ぐ大物

ユダヤ系の農夫を父にもち早くから革命思想にめざめる。19歳で逮捕されシベリアおくりとなった。4年後脱走に成功、ロンドンに亡命しレーニンとはじめて面会した。その後は対立と協調で、むしろ対立するほうが多かった。

1905年血の日曜日事件以降の騒乱で再びロシアに戻り、ペテルブルグソビエトの議長となったが逮捕されまたシベリアおくりとなった。それでも再び逃走に成功し、ヨーロッパ各地で新聞記者として働いた。

1914年開戦時にはパリにいてその後ニューヨークにむかった。1917年3月革命が起き5月にロシアに戻った。その後はレーニンと協力関係にたち十月革命を成功させた。革命政府では外務委員を担当し、ブレストリトウスクでホフマンと渡り合うことになった。しかしルーデンドルフ参謀本部は強硬で、決して宥和的とはいえないホフマンをも驚かせるものだった。

決裂のあとドイツ軍に侵攻され、結局屈辱的な和平を乞うことになる。トロツキーは外交交渉でも演説すれば打開できると考えまたドイツ国内の共産勢力に期待した。しかしこれらは外交とは国家レベルであるから関係がなく、自らの不適格性を暴露したにすぎない。

しかしこの渦中にソビエト赤衛軍を赤軍に改組しその司令官となった。軍事の方は戦略的な才は十分なことを白軍との戦いで証明してみせた。内戦勝利のあとトロツキーは永続革命と世界革命を主張した。しかしトロツキーのロマンはロシア内でも現実派のスターリンにより打ち砕かれた。

党内は徐々に一国革命派に占められ勢威は落ち1927年トルコ経由メキシコに亡命を余儀なくされた。1940年ソ連政府のエージェトにアイスピックで惨殺された。


参考
Gunther, J., Procession, NewYork, 1964 (邦訳) 世紀の大行進 内山敏 集英社 1967

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