ティルピッツ、アルフレッド フォン

Tirpitz, Alfred von
(1849−1930)

ドイツの提督;開戦時海軍大臣

プロイセンの海軍部に1865年に任官し、その後ウィルヘルム二世の登場とともに海軍の建艦競争に乗り出す。ドイツ海軍では最高位に達しむしろ軍政畑を歩む。1900年有名な海軍予算法を議会に提出し、イギリスとの対決姿勢を打ち出す。

しかし大陸軍を保有する一方で大海軍を建設することはさすがのドイツでも手が余った。競争では常に列後していたが、チャンスがめぐってきた。イギリスのフィシャーがドレッドノート級の戦艦建造を案出し一挙にドイツの差を広げようとした。しかしこれは既存の戦艦を却ってスクラップに追いこむこととなる諸刃の剣だった。

ドレッドノートの建艦競争でティルピッツはいち早くその可能性を見抜いた。またドイツの工業力はイギリスを圧倒する技術を保有していた。だが予算の制約はイギリスより常に一歩遅らせついに抜き去ることはできなかった。

開戦後は奇妙な艦隊温存策をとる。そして無制限潜水艦攻撃を主張しアメリカとの対立を恐れる文民政府と対立した。

歴史の示すようにこれは致命的な失策だった。艦隊温存策をすて主力艦決戦を挑むことはできなかったのか。ドイツの建艦努力はまた水雷艇・駆逐艦など小艦艇に及ばず土台のところでイギリスに及ぶべくもなかった。ドイツの優位は主力艦の船体構造(ユトランド海戦でドイツ巡洋戦艦は、大量に被弾したが沈没したのは1隻だけだった。)と潜水艦にあった。そして海戦は最後のところで自軍の被害を省みないほどの司令官の勇気が必要だ。

1916年3月、無制限潜水艦戦の再開を主張受け入れられず、辞職した。1917年1月のルーデンドルフによる再開論のときは逆に反対したという。その後政治家に転じ、超国家主義を主張した。

1925年大統領選挙(2次)のさい、ヒンデブルグ担ぎ出し工作を担った。



回想録;My Memoirs, London, 1919

海の戦いに戻る
人名録に戻る