プルーマー、ハーバート

Plumer, Herbert Charles Onslow
Viscount Plumer of Messines
(1857-1932)

イギリスの将軍;野戦軍指揮官として最も優秀な将軍の一人

軍人一家の一員としして生まれた。キッチナーの信頼あつく、第2軍団長のスミスドリアンのあとをつぐ。そしてBEFの拡大とともに1915年5月第2軍司令官となった。第2軍の担当地域はイープルでそこで2年間防御態勢のまますごした。

1917年6月、メシヌリッジの大爆破を2年半の坑道掘削で成功させ、占領した。その後の第3次イープル戦では、ゴウの失敗を受け、緻密に計算した方法である程度前進しパッシェンデールを占領した。1917年11月カポレット突破戦で惨敗したイタリー軍の戦線立て直しに協力した。

1917年2月再び西部戦線に戻ると、カイザー戦がすぐに開始された。第2次攻勢ではポルトガル軍の壊乱で苦境に陥ったが、どうにか戦線の修復に成功した。

プルーマーはイギリスの他の将軍が損害を相当に出してから気づいた防御作戦の有利さをいち早く見抜いた。また攻勢に出ても機動戦に持ち込むことが、困難であるという事実にイギリスの将軍のなかで最も早く認識したのではないか。

1919年元帥となり、遺体はウエストミンスター寺院に眠る。



Harington,C. Plumer of Messines, London,1935
Powell, G., Plumer; the Soldier's General, London,1990

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