クルック、アレクサンダー フォン

Kluck,Alexander von

(1846−1934)


ドイツの将軍;開戦時第一軍司令官、パリを目前に大旋回を行い、側面攻撃をうける。


19歳で士官学校にはいり、普墺戦争・普仏戦争を経験した。1899年少将となり以降も順調に昇進し開戦時は大将となり第1軍司令官を任じられた。第1軍の任務はシュリーフェンプランにもとづきドイツ軍最右翼を形成し、全軍のペースメーカーになることだった。当初はベルギー軍の果敢ではあろが弱体な抵抗を退けた。次にイギリス軍とモンス以来二度にわたり衝突したが、退却させた。

その後パリの前面に出たが、フランス野戦軍の包囲を第一義として、東に急旋回をおこなった。そして参謀本部の指示に逆らい友軍の第2軍(ビューロウ)より先行した形でマルヌ川を渡河した。

ここでフランス軍の反撃策が爆発した。ガリエニはパリから軍を出し、側面攻撃をクルックの軍にかけた。クルックは渡河を中止し全軍を呼び戻しパリ軍に対抗した。しかし西方に軍が寄った結果、この空間にオズオズとしたイギリス軍に入られた。包囲の危険を逃れるため、クルックは全軍に撤退を命令した。ドイツの短期決戦の夢、おそらく完全勝利の夢が費え去った一瞬だった。

1915年3月、砲弾の破片をうけ重傷を負った。年齢と傷病により10月参謀本部は退役させることにした。以降20年近く余命を保つが、マルヌ会戦の追憶と反省で終始したという。




 回想録; The March on Paris and the Battle of Marne, London, 1920

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