ヒッパー、フランツ フォン

Hipper、Franz von
(1863-1932)



ドイツの提督。外洋艦隊巡洋戦艦隊司令長官

バイエルンの酒造家の出身で、一兵卒から身をおこした。1912年に海軍少将となり、1914年8月外洋艦隊の巡洋戦艦隊の司令官となった。巡洋戦艦隊はスピードが速いため外洋に出ることが多く、ヒッパーは提督として多くの海戦を経験した。

1914年8月のヘリゴランド沖海戦はヒッパーの負けで3隻を失った。1915年1月のドッガーバンク海戦は一時有位にたつことはできたがこれも敗戦だろう。最大の試練は1916年5月のユトランド沖海戦だった。ヒッパーは明らかにイギリス連合艦隊をだしぬき、優位に海戦を進めた。沈没させた艦船も上回ったが、以降ドイツ外洋艦隊は再び温存主義に転じた。

この功によりバイエルン王国から貴族に列せられたが、これ以降艦隊を動かす機会は到来しなかった。1918年8月、外洋艦隊司令長官となったが、最大の仕事は反乱鎮圧だった。

1918年10月末、最後の栄光を呼号し出撃を指令したが、乗員は出航を拒否した。1918年12月退役した。


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