ヒンデンブルグ、パウル


Hindenburg, Paul Ludwig von Beneckendorf und von
(1847-1934)

ドイツの軍人、政治家

西プロイセン、ポーゼン生まれ。実家は典型的な没落ユンカーで、シュレジエン戦役でフリードリッヒ大王から、西プロイセン・ノイマルクの領地(リムゼーとノイデックからなり、場所はドイチェアイラウ近郊)を拝領した。

だがヒンデンブルグが生まれた頃すでに領地の大半は失っていた。11才で陸軍幼年学校にはいり以来軍人を通す。普墺戦争と普仏戦争に従軍した。最初の任官は近衛歩兵第3連隊だった。

陸軍大学卒業後、参謀本部・陸軍省に勤務した。1901年頃参謀総長に擬せられたことがあったという。

1903年からマグデブルグの第4軍団長となり1911年に引退した。引退後はハノーバーに住み、おりおりのローマなどへの海外旅行を楽しんだ。歴史に再び現れるのは1914年8月、東プロイセンにおいてである。

開戦とともにロシア軍は予想外のスピードで東プロイセンに進攻した。そこの守備をうけもった第8軍は二手にわかれて来たロシア軍のほぼ半数にすぎなかった。緒戦のグンビネンの戦いに敗れた第8軍司令官プリトウィツは気が動転し撤退を主張した。参謀本部はただちにプリトウィツを革職し、ヒンデンブルグを後任に据えた。

だがこれはヒンデンブルグを期待してではなく参謀長のルーデンドルフが責任を果たすだろうとの予測にもとづいていた。実際には更に下僚のホフマンがすでに大部分の軍の異動案の作成を終了していて、二人は後の承認を与えただけだった。戦いは教科書の理想通りの各個撃破と包囲殲滅戦で終了し、タンネンベルクの戦いとして記憶されることになった。

この後ヒンデンブルグはドイツ国内でもっともよく知られた英雄となった。その頃から戦時国債に応募したドイツ人には木彫りのヒンデンブルグのレリーフに釘を打つ権利が与えられたという。

その後もルーデンドルフとの組み合わせで東部戦線を戦い幾多の戦勝を収めた。1916年ベルダン戦ブルシロフ攻勢とで参謀総長ファルケンハインの声望は地に落ち、8月ヒンデンブルグがその後任となった。ルーデンドルフは兵站総監として補佐することになったが、実権はむしろルーデンドルフが掌握した。そしてこれは陸軍が全てを差配する軍事独裁の始まりだった。

ヒンデンブルグは作戦も含めてイニシアチブをとる方ではなかった。参謀総長在任時も「なんて言った」マンといわれていた。これは決断するときに必ずルーデンドルフをみて、そう尋ねたためらしい。ただ事跡をみると重要なところで下僚の暴走を抑えていることもわかる。

1917年革命によりロシアを舞台から去らせるのに成功し、1918年3月カイザー戦に出た。しかし緒戦の勝利にかかわらず反復攻撃を行い失敗、次に連合国が最終攻勢にでたときドイツ軍に戦う力はなかった。ルーデンドルフは10月スエーデンに亡命した。この段階で自ら言う幸せな結婚は幕を閉じた。後任のグレーナーに全幅の信頼を寄せたようにはみえない。

 ヒンデンブルグは1919年7月、名目的な参謀総長として任務を全うし再度引退した。引退後は趣味のマリア像の収集に没頭していたようだ。敬虔なプロテスタントの信者であり、また美術には造詣があったという。1924年8月、タンネンベルグ戦10周年記念行事に出席し2度目の引退後始めて公式の席に出た。

 そしてワイマール共和国の不安定は安逸な引退を許さず、参謀本部とティルピッツの慫慂で1925年大統領選挙に立候補当選した。もはや老齢のため活発なことはできなかったが、在任中、共和国にそれなりの安定感を与えた。

1930年ブルーニング首相からウィルヘルム二世の孫をたてホーエンツォレルン家の復辟を計るべきだとの提案を受けた。この時ヒンデンブルグは自らをカイザーの受託人としてみなし、ウィルヘルム二世の直接の復位以外は認めないと自らの立場を説明したと言う。ユンカーとしてカイザー個人に忠誠を尽くすことは絶対だったのだろう。

 ヒトラーの台頭により、ワイマール共和国のつかの間の安定ないし非安定に終止符がうたれた。ヒンデンブルグは消極的ではあるが1933年ヒトラーを首相に指名した。それ以降は完全に精神力を失ったが、最後までプロイセンの武人としてヒトラーに完全な支持を与えることはなかったといわれる。



自叙伝;Out of My Life, London, 1920
(邦訳)『わが生涯より』尾花午郎訳、白水社、1943
Wheeler-Bennett, J.W., Hindenburg, the Wooden Titan, London,1936
(邦訳)『ヒンデンブルグからヒトラーへ』木原健男訳、東邦出版社、1970
足達堅造『フォン・ヒンデンブルグ元帥』冨山房、1935

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