サムソノフ

Samsonov, Alexander
(1859-1914)


ロシアの将軍

騎兵畑で騎兵大学を卒業した。

露土戦争(1877)と日露戦争(1904)に従軍した。日露戦争でシベリア騎兵師団長をつとめ、遼陽から奉天までの会戦に参加した。この時戦闘振りは果敢であるとの評判を得た。

日露戦争後はワルシャワ軍管区の参謀長となり、その後トルキスタン総督となった。

第一次大戦が勃発すると直ちに東プロイセン侵攻を目論む、第2軍司令官に任命された。第2軍はワルシャワ方面から北行し、アレンシュタイン方面で退却する、ドイツ第8軍(プリトウィッツ)を捕捉する任務を与えられた。しかし敗走しているとみられたドイツ第8軍は、周辺の後備旅団を与えられかえって増強されていた。一方自軍は北西方面軍司令官ジリンスキーの優柔不断により、中途での配属替え、集中未達が相次ぎ、予定された陣容に達しなかった。

それでも、サムソノフは前面にいた敵、第20軍団(ショルツ)の殲滅を図ろうと、全軍を振り向けることを命令したが、背後から予期せぬ敵に右翼が急襲され、また最強とされた左翼ロシア第1軍団もあえなく突破された。

窮まったサムソノフは全軍撤退の命令を出すが、時すでに遅く主力はドイツ軍により包囲殲滅された。自身も馬上となって逃げたが途中、ウイレンベルグ近郊で拳銃自殺を遂げた。


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