マルウィッツ

Marwitz, Johaness Georg von der
(1856-1929)

ドイツの将軍

ポンメルンのシュトルプで、代々続くユンカーとして生まれた。幼年学校、士官学校を出て18歳で、陸軍士官候補生として任官した。そのあと陸軍大学を出て、騎兵畑を歩んだ。

第一次大戦勃発時は騎兵閲兵将軍であった。ただちに第1軍(クルック)の下で、独立騎兵軍団を率いて、もっとも外周を描くようにして、マルヌまで戦った。そのあと東部戦線に転属、第一次マスール湖の戦いに参加、予備第38軍団長に昇格した。第二次マスール湖戦では、その軍団を率いて参加した。その後、東部戦線南部に移動し、カルパシア冬期戦を視察したが、病を得て、入院した。

1915年秋、回復し、西部戦線で短期間第6軍団長となったあと、再度、東部戦線に転属となった。

1916年12月、西部戦線に戻り、第2軍司令官となった。1917年11月、イギリスのカンブレー攻勢を辛うじて防いだ。だが、1918年8月の連合軍大反攻では、「ドイツ軍暗黒の日」を経験し、1日で捕虜3万人を出すという大敗北を喫した。1918年9月、第5軍司令官に転属となり終戦を迎えた。1918年12月退役し、以降公的な役職から退いた。


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