自殺願望

ベラ 1920年はウィトゲンシュタインにとって教員養成所に通う以外、あまりやることがなかった年ですね。

別宮 その通りです。住まいはシェグレン家を出て、ウィーンの第三地区、ラズモフスキー・ガッセに移りました。どうもシェグレン夫人がウィトゲンシュタインに恋したからというのが通説です。

ベラ それはまた珍しい。

別宮 哲学者はともかく数学者は熱烈な愛に陥りやすいですよね。金持ちの息子ですし、戦争英雄で、専門家の間では著名な数学者でした。もてても不思議ではありません。

ただ、ウィトゲンシュタインは「この住所に変えたのは、意気消沈した状態になるような思い出を何とかしたかったからです」と書いています。

ベラ 相当に思わせぶりですね。当然独身ですが、身の回りのことはできたんですか?

別宮 シェグレン家は賄い付なので移ったので、食事をつくることが好きであったとはいえません。ただ兵隊をやってましたから、ある程度のことはできたでしょう。

ベラ このころの友人はエンゲルマン一人でしたか?

別宮 手紙のやりとりはエンゲルマンとが多いですね。後世、この二人の関係をホモセクシュアルであったと説く論者は多いですが、じっさいの手紙のやり取りの中味は非常に(キリスト教)宗教的です。例えばウィトゲンシュタインはしばしば、

「自分の悲惨な状態は、自分の腐敗なり卑劣さに帰する」「いつか悪魔がやってきて自分を滅ぼすに違いない」と書いています。

ベラ でも、そういわれてもエンゲルマンも困りますよね。

別宮 「私の不幸は私の内面に起因している。これについて究極的で決定的な洞察ができない限り、私は誤った歩みをなし、自分の感情と思考の混沌から抜け出す方法をけっして見出せないであろう」と一方のエンゲルマンも書いていますから、中々です。

ベラ これではエンゲルマンも深みにはまりましたね。

別宮 「こうした洞察をしっかり保持し、そして繰り返し実践しようと努力する人間が宗教的なのだ」と続けています。

彼らは世紀末にみられた享楽的な所がいっさいありません。ヨーロッパにおける戦争帰りは、自分から他人に主張することなく、ますます内省的になっていきました。1920年代の平和主義者の多くは戦争帰りであって、それも声高に主張するのではなく、内省的なものが多かったのです。

ウィトゲンシュタインは、「それでも十分に明瞭にすることは不可能です。あるいは最も完全な表現は沈黙かもしれません」と答えています。

ベラ 行き着くところに行った感じですね。

別宮 1920年5月、ウィトゲンシュタインが最低の状態に陥り、絶えず自殺を考えていたとき、励ましたのもエンゲルマンでした。

「あなたが自殺の思いを秘めていることに関して、そのような思いの背景には、恐らく高潔な動機といったものがあると思います」

「しかし、動機自体がこのような方法で示されること、つまり自殺の思いという形をとるというのは悪いことです」

「自殺は間違いです。生きている限り、人間は決して完全に失われることはありません。一人の人間を自殺に駆り立てるのは、その人間が完全に失われているという恐怖感からです」

「この恐怖感に根拠はありません。こういった恐怖感に襲われると、人間は最悪のことをしてしまいます。その人間は、失うことが避けられるかもしれない時間を自分自身でなくしてしまうのです」と書いています。