寡占化

プロルス ロシアの産業寡占化は、英独仏とは違った特徴があったのでしょうか?

別宮 ロシアでは国民の預金意欲が低く、民間銀行があまり育ちませんでした。奇妙なことに北方に行くほど銀行の経営は安定しなくなります。日本でも北海道の銀行は不振ですが、今、アイスランドでも不振ですし、かつて1990年代の日本の大銀行が経営不振に陥ったころ、スカンジナビヤ諸国の銀行もやはり、経営危機に陥りました。

ロシアの銀行は国営が主でしたが、ペテルブルグに集まり、地方への金融は思いもよりませんでした。ペテルブルグを除けば、モスクワにある程度まとまった産業基盤があるだけでした。もちろん石炭鉱業や鉄鋼は大都市ではなく、地方、ドネツやエカチェリンブルグにありましたが、本社はやはりモスクワにあったのです。

プロルス するとペテルブルグとモスクワでは産業基盤が異なっていた?

別宮 両方とも資金も販路も政府頼みであることは一緒でしたが、ペテルブルグには最終組立を行う大工場、モスクワには中小の部品工場が集まっていました。金融がペテルブルグでしかつかなかったことが原因でしょう。

それでモスクワの中小企業は政府に前途金を求めたのですが、これは腐敗や癒着を生みました。

それとスコムリノフの失脚した1915年6月以降は、陸軍の外郭機関である戦争工業委員会と議会のゼムゴールが兵器生産の主導権を握るようになりました。これがロシア兵器生産の不振を招いたといわれます。

プロルス でもロシアは1915年に、鉄鋼生産と石炭生産でフランスを抜いたといわれます。

別宮 これは鉄鋼カルテル、プロダメタの功績ではないでしょう。彼らの戦前の生産能力がじつは余っていて、戦中になってフル稼働させたんですね。一方、新規参入を防止するという軍需産業に有り勝ちな行動様式をとりました。

プロルス 日鉄による寡占化のため、生産能力を増やすことができなかった昭和10年代に似ていますね。

別宮 そこまでひどくはありません。彼らの生産能力は余っていました。日本の場合は不足していたのですが、日鉄統合そのものが生産能力調整の意味がありました。戦時になれば民生品を削ればいいと思ったのでは? 

プロダメタは、ダルシー・テアクストン・ウフェデンスキー・フォンディトマルの4社によるカルテルですが、最大のダルシーの経営自主権は完全に政府に奪われていたわけではありません。

戦争工業委員会はダルシーに能力向上を求め、それを受け入れています。

プロルス それがでも砲弾生産増強には結びつかなかった?

別宮 プロダメタ自体も十月党や立憲民主党との結びつきはあり、政治に無関心な集団ではありませんでした。けっきょくロシアの問題はその国土にもあります。ドネツで生産された石炭をエカチェリンブツグで銑鉄にし、それをペテルブルグに運び平炉で鉄鋼にしてたんですね。

1915年の鉄道輸送実績は決して悪いものではなかったのです。でもこれだけで、陸路8千キロを動いています。領土が広いことは資源からいえば悪くありませんが、重量物運輸にとってはマイナスですよね。