ヘーゲルの国家観

コスモポリタン カウツキーのいうようにマルクスもそのように考えたとは思わないのですが、カウツキーはドイツ社会民主党(SPD)のイデオローグですよね。

別宮 SPDはマルクス派とラッサール派が合同して1869年に成立し、1875年にできたゴータ綱領は両派の妥協の産物でした。ところが1891年のエルフルト綱領はかなりマルクス色が強く、ラッサール主義はほぼ清算されといっていいほどのものになりました。

ご指摘の通りでマルクスの政権奪取の構想は暴力革命を通してであって、議会を通してとはとても思えません。それでもエルフルト綱領採用のあとでも、SPDが暴力革命路線に転換したとは思えません。

SPDは1910年の総選挙では34%の議席を握り第1党になりました。議会を通して政権をとる可能性は現実問題になっていました。

コスモポリタン SPDがマルクス主義とするとカウツキーがその綱領に反しているということになりませんか? 

別宮 ドイツ人の国家意識が、そもそもマルクスの国家論からかけ離れていたことが、SPDとレーニンを分けることになったのではないでしょうか。

ドイツ哲学はフォイエルバッハやヘーゲルが出発点であって、観念が現実を変えていくというのが骨子です。ヘーゲルの場合は理念(Idee)・理性(Vernunft)・精神(Geist)の自己発展していくことにより世界=国家が形成されるということでしょう。自己発展を弁証法的世界と説明します。弁証法自体は記号論理学からは否定できますが、当時はこういった社会科学には有効と考えられていたんですね。

国家については、「家族」「市民的社会」「国家」というハンザ都市にみられるような発展を理想とみます。ともあれ、ヘーゲルにしてもマルクスにしても「例示」をやって、それで説明できればよしという態度です。

ハンブルグやブレーメンとプロイセンは違いますよね。それでも、ハンブルグが説明できればそれが正しく、プロイセンは間違いであって、それが止揚されるとドイツ帝国になるといった見方ですね。そして現実的にはドイツ帝国とは、軍事(参謀本部)・外交に収斂された存在ですが、官僚制度の発展とともに、他の分野も支配するようになります。

ヘーゲル流にいえば、それが理性の発展なんですね。

コスモポリタン ヘーゲルは観念の発展で、マルクスは経済が社会や国家の発展とみる所が違ったんでしょうか? 

別宮 SPDはヘーゲル的に官僚国家が敵ではなく、味方にもなりうると思ったのは事実でしょう。マルクスは国家についてプロレタリアートを抑圧するだけの手段としてみましたが、SPDは軍事的に反動国家帝政ロシアに対抗するものとしてドイツ帝国をみたんでしょう。

コスモポリタン それで、SPDはドイツの第一次大戦開戦に賛成投票をしたんですね。 

別宮 その通りです。当時、侵略行為は合法的でしたし、ロシア総動員は先行していましたから。 

コスモポリタン でも社会主義者としては歴史的失敗ではないでしょうか?