エーベルハルト公爵とさんざしの木

ベラ
でも、エンゲルマンの反戦思想と義務の観念から自ら志願して最前線で戦うウィトゲンシュタインとは何か結びつかないのですが。

別宮
ウィトゲンシュタインは、エンゲルマンに従来の友人や同僚にないものを発見したんでしょう。
エンゲルマンはこう書いています。
「ウィトゲンシュタインは私の中に予期しない人間性をみたのだ。ウィトゲンシュタインは、この戦争に参加した世代すべての人間と同様に、あるべき世界と現実の世界に悩んだ。ただ彼はこの原因を、外の世界に求めるより、自らの内側に求める傾向があった」

ベラ
ウィトゲンシュタインはいつも内省的な人ですね。エンゲルマンが反戦的な傾向をもつということは、ハプスブルグ家支配の二重帝国が嫌だった、または政治家や軍人が無能だったと主張したいんでしょう。ですが、義務に従うつもりがなければ、ただの徴兵逃れと一緒です。
義務に従ったあと、反戦をいうのであれば、まっとうでしょうけれども。

別宮
ただ、エンゲルマンはウィトゲンシュタインに「エーベルハルト公爵とさんざしの木」というウーラントの詩を手紙に同封しておくっています。

エーベルハルト公爵とさんざしの木は、十字軍の時代のある兵士について語ったものです。兵士は十字軍の遠征の途中、さんざしの潅木から枝木をもちかえり、自宅の庭に植えました。

彼は年を取ってから、大きく育ったさんざしの木陰に座ります。そして思い出すのは若き日の辛い思い出だけだった、というものです。

ベラ
非常に単純で、飾り気がありませんが、反戦の何ものかを語っているようですね。

別宮
ウィトゲンシュタインはこの詩についてこう語っています。

「本当に素晴らしい。そしてそれはその通りなのです。語ることのできないものを語ろうとさえしなければ、何ものも失われないのです。しかし語りえないものは、語りえないものとして、語られているものに含まれているのです」

語りえないものが戦争の悲惨さであることは明らかです。ウィトゲンシュタインは、それを口に出したり、伝えることが無意味だといっています。すなわち、それは語られた内容にかかわらず、語りえないものとして、知られているんです。そして語ることは何ものかを失うことです。

ベラ
そうですか。

別宮
ウィトゲンシュタインは1917年1月、東部戦線に戻りました。第三師団に所属し、カルパチア山脈の東北に駐在していましたが、ロシア軍は崩壊の度を強めており、戦争以来初めて平穏な戦線に来たといってよいでしょう。