プロレタリア独裁

コスモポリタン マルクスの「プロレタリア独裁の光景を知りたくば、パリ・コミューンをみよ。これこそプロレタリア独裁であった」(『フランスにおける内乱』の序文)という言葉ですが、レーニンのプロレタリア独裁の理解とはやはり違うのでしょうか?

別宮 ブルジョワ的表現と非難されるかもしれませんが、コミューンはフランスで起きました。レーニンはロシア十月革命を指導しましたから違いはどうしても出ます。

「プロレタリア独裁という概念が意味をもつのは、ある階級が自分たちのみ権力を掌握し、『全国民的な・普通選挙から発生する・全人民によって神聖化された』権力というような、無駄話によって自他を欺かぬことを、意識する場合のみに限るのである」(レーニン・全ソ運輸労働者大会における演説)でわかるようにレーニンは普通選挙による行政代表・立法代表の選任は否定しました。

これはあからさまな間接民主主義の否定です。

これにたいしマルクスはパリ・コミューンを、軍隊を解散し警察の政治性をなくすことにより、労働者階級の抑圧的な側面をなくし、随時行われる「普通選挙」によって司法・行政・立法を兼ねた委員を選出するとしています。

考えようによっては3権分立を否定するだけで、随時の普通選挙によるというだけで変化はなく、マルクスとレーニンは異なっているということができます。

コスモポリタン けっきょくレーニンは反革命を怖れたんでしょうね。

別宮 ボルシェビキが多数派を占めるソビエトに全ての権力をと訴え、ドゥーマと呼ばれた議会を無視したかったんですね。このように共産主義者は権力を握るためには、政治的なルールを一貫性なく都合のいいように解釈する傾向があります。

マルクスのいうパリ・コミューンで権力を握ったのは共産主義者ではありません。コミューン主義者ともいうべき人々でパリの中央政府の独立、高度の自治を唱えたんですね。でも、市役所の職員が自分で勝手に決めた法律で、自分が裁判長になって、民事裁判をやるというのは、ゾッとしませんよね。

コスモポリタン やはり効率性が頭にあったんでしょうか?

別宮 マルクスはコミューンを半国家であるとして、ブルジョワ民主主義からプロレタリア民主主義に転換したものと説いています。

別の本では「初期共産主義」と「後期共産主義」といっていますが、「各人は能力に応じて働き、労働に応じて与えられる」から「各人は能力に応じて働き、必要に応じて与えられる」とマルクスは違いを説明しています。

これだと、必要に応じて与えられるのですから、民事裁判などなくなるということですか。

コスモポリタン 旧ソ連では民事裁判所はなかったようですね。

別宮 行政裁定だけということですよね。怖い感じがしますね。