氏族社会

コスモポリタン
現代社会で中産階級を構成する人々が増えているといわれますが、実態は労働者ではないでしょうか。すなわち、都市に住んでいたり、本社に勤めていることで、現場より恵まれていることが自慢で、自分は中産階級と思いたいということでしょう。

統計をみると、日本人の大半は中産階級と思っているわけです。これこそが、大半が中産階級ではないということでしょう。

別宮
でも、労働者階級が絶対的貧困に向かうというマルクスの分析は歴史的に誤りでした。これが社会民主主義政党や「社会改良主義」の成果だとは思えません。

日本のマスコミががなりたてる「貧富の差」が、大半の国で縮小しているのは疑いありません。またジャーナリストが思うほど、貧者は富者に嫉妬したりしません。

コスモポリタン
でも、原始共産制のころから比較すれば、生産力の発展によって、貧富の差が拡大しているのは事実ではないでしょうか。

別宮
エンゲルスは『家族の起源』の中で原始共産制を詳述したのち次のように慨嘆しています。

「氏族的社会――それこそ、そのあらゆる子供らしさと単純さとにおいて、驚嘆すべき構成であることよ。軍隊も憲兵も警察もなく、牢獄も裁判所もなくして、しかも全てが定められた通りに進行している。貧しき者も足らざる者もありえない。共産家政と氏族社会とは、老人や病人や戦傷者に対する義務をよく心得ている。全ての者が――実に女子さえが、平等にして自由である」

エンゲルスは『空想から科学』を主張して、「社会改良主義」は空想であって、古代の氏族社会に戻ることを「科学的社会主義」だとしたわけです。

コスモポリタン
でも生産力が不足し、余剰生産物が出ない社会であれば、階級とか貧富の差はないと思います。

別宮
エンゲルスは奇妙なことに「戦傷者に対する義務」を説いています。これは氏族社会であっても氏族同士の戦争を認めているからです。

余剰生産物は出たり出なかったりであって、氏族間でも、地域でも、時代でも差が生じます。そして、古代であっても生産物余剰は生じるがゆえ、古代文明があるわけです。これは人口が増大する傾向がある社会では必ず生じます。

エンゲルスの方法は人類の古代を調べるといった科学的方法ではなく、架空古代史をつくって、その中でエンゲルスの氏族社会をつくっているに過ぎません。

コスモポリタン
エンゲルスは古代より現代の方が生産力が発展しているので、戦争を防ぐことも可能だと論じたいのではないでしょうか?